既設構造物の耐震診断では、一般図はあっても配筋図が見つからない、材料の記録がない、ということが珍しくありません。そのとき私たちは、建設された年代の設計の考え方から配筋や材料を推定して計算を始めます。では、その推定はどのくらい結論を左右するのでしょうか。寸法だけが分かっている同じ函体について、推定の置き方を5通り変えて、同じ地震時の照査を行いました。
掲載内容について
構造物・寸法・配筋・材料・調査結果は、技術説明のために設定した仮想事例(仮定値)であり、実案件の情報は含みません。特定の年代・基準の配筋や材料を示すものではありません。数値は社内の地盤応答解析プログラム・骨組解析プログラム・断面計算プログラムによる試算結果です。
分かっていること、分からないこと
題材は、思考2と同じ2連ボックスカルバートです。ここでは、これを「一般図だけが残っている既設構造物」と見立てます。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 分かっていること | 外形寸法・部材厚(頂版 0.60 m、底版 0.70 m、側壁 0.70 m、中壁 0.50 m)、内空 4.0 × 3.5 m × 2室、土被り 3.0 m |
| 分からないこと | 主鉄筋の径・間隔・かぶり、せん断補強筋の有無、コンクリート強度、鉄筋の材質 |
| 地震時の断面力 | 応答変位法(レベル2 タイプⅡ 3波)。断面力は配筋によらないため、全ケースで共通(コンクリートのヤング係数のみケースごとに設定) |
線形の骨組解析では、地震時の断面力は部材の寸法と剛性で決まり、配筋にはほとんど依存しません。一方、照査に使う耐力(降伏曲げモーメント My0、せん断耐力 Vy)は配筋と材料で決まります。推定が効くのは「耐力」の側です。
推定の置き方を5通り用意する
ケース A は、今の設計で標準的な仕様を当てはめた推定です。B〜D は、古い構造物で起こりうる違いを一つずつ加えたもので、E は調査で実態が分かった場合を想定したものです。
| ケース | 配筋・材料の推定 |
|---|---|
| A | 主鉄筋 D25・D29@125、SD345、σck 24、せん断補強筋 D16(現行の標準的な仕様を当てはめる) |
| B | A と同じ配筋で、材料を SD295・σck 21 とする |
| C | B から、せん断補強筋を「なし」とする |
| D | C から、主鉄筋を一段細く(D22・D25@125)する |
| E | はつり調査・コア採取で判明したと想定:主鉄筋 D25・D29@150、かぶり +20 mm、側壁のみ D13 のせん断補強筋、コア強度 σc 27 |
B〜D の内容は、推定の違いが結果に与える影響を見るための仮定であり、特定の年代の標準的な仕様を表すものではありません。実際の推定には、建設年次に適用された基準類の確認が必要です【要確認】。
推定だけで、結論は逆転する
結果を図-1と表に示します。現行仕様を当てはめた A では、すべての部材で照査値が 1.0 を下回りました(最大は中壁の曲げ 0.92)。材料を年代相応に下げた B では、中壁の曲げが 1.05 と 1.0 を超えます。さらにせん断補強筋を「なし」とした C では、すべての部材のせん断が 1.27〜1.76 となりました。

| ケース | 頂版 M/My0 | 底版 M/My0 | 左側壁 M/My0 | 右側壁 M/My0 | 中壁 M/My0 | 頂版 V/Vy | 底版 V/Vy | 左側壁 V/Vy | 右側壁 V/Vy | 中壁 V/Vy |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 0.58 | 0.69 | 0.53 | 0.58 | 0.92 | 0.50 | 0.57 | 0.54 | 0.66 | 0.52 |
| B | 0.67 | 0.79 | 0.61 | 0.66 | 1.05 | 0.51 | 0.58 | 0.54 | 0.67 | 0.52 |
| C | 0.67 | 0.79 | 0.61 | 0.66 | 1.05 | 1.32 | 1.53 | 1.43 | 1.76 | 1.27 |
| D | 0.86 | 0.98 | 0.76 | 0.83 | 1.34 | 1.45 | 1.65 | 1.55 | 1.90 | 1.39 |
| E | 0.84 | 0.98 | 0.75 | 0.82 | 1.33 | 1.34 | 1.52 | 0.79 | 0.96 | 1.31 |
調査結果を想定した E では、側壁はせん断補強筋が効いて 0.79・0.96 に収まる一方、頂版・底版・中壁はせん断が 1.34〜1.52、中壁の曲げが 1.33 でした。同じ寸法、同じ地震時の断面力でも、「全部材 OK」から「せん断で全部材 NG」まで、結論が入れ替わっています。
何が結論を分けたのか
いちばん大きく効いたのは、せん断補強筋の有無です。底版のせん断耐力は、補強筋がある B で 729 kN/m、ない C で 277 kN/m と、約 62 % 小さくなりました(図-2右)。せん断補強筋がない部材では、耐力をコンクリートだけで負担することになるためです。
曲げについては、鉄筋の材質(SD345 → SD295)と主鉄筋の径が効きます。中壁の降伏曲げモーメントは A の 522 から B の 448、D の 350 kN·m/m まで下がりました(図-2左)。E の 366 kN·m/m は、鉄筋の間隔が広くかぶりが大きいことによるものです。

曲げとせん断では、推定の誤りの「向き」の危うさが違います。曲げの耐力を過大に推定しても、部材は降伏後もしばらく変形に耐えます。一方、せん断補強筋があると思い込んでせん断耐力を過大に見積もると、見落とすのは脆性的な破壊です。推定に迷ったときに慎重に扱うべきなのは、せん断の側です。
調査で確かめること
推定で計算を始めること自体は避けられません。大切なのは、どの推定が結論を左右しているかを計算で確かめ、その項目を調査で確定させることだと考えています。今回の試算から、優先度の高い順に挙げると次のようになります。
| 優先 | 確かめること | 主な方法(例) | 今回の試算で効いた理由 |
|---|---|---|---|
| 1 | せん断補強筋の有無・径・間隔 | はつり調査、電磁誘導・レーダによる鉄筋探査 | 有無だけで底版の Vy が 729 → 277 kN/m |
| 2 | 主鉄筋の径・間隔・かぶり | はつり調査(径・かぶりの実測)、鉄筋探査(間隔) | 中壁の My0 が 350〜522 kN·m/m の幅 |
| 3 | 鉄筋の材質 | 建設年次と当時の規格の確認、必要に応じて採取・引張試験 | A→B(SD345→SD295、σck 24→21)で中壁の My0 が約 14 % 低下 |
| 4 | コンクリート強度 | コア採取による圧縮強度試験 | せん断耐力 Vc に効くが、今回の範囲では影響は小さい |
調査方法・調査数量は、構造物の規模・重要度と施設管理者の方針により設定します。調査で部材を傷める行為(はつり・コア採取)は、位置と補修方法を含めて事前に協議が必要です。
古い図面を読むことは、計算の前提を「推定」から「確認」に置き換えていく作業でもある。
まとめ
寸法と地震時の断面力が同じでも、配筋・材料の推定を変えるだけで、照査の結論は「全部材 OK(最大 0.92)」から「せん断で全部材 NG(最大 1.90)」まで変わった。
最も効いたのはせん断補強筋の有無で、底版のせん断耐力は約 62 % 小さくなった。曲げは鉄筋の材質と径の影響が大きい。
推定のどこが結論を左右するかを先に計算で確かめ、その項目を調査で確定させるのが効率的である。
迷ったときは、脆性的な破壊につながるせん断の推定を慎重に扱う。
本試算の適用範囲と限界
- 推定ケースは影響を比べるための仮定で、特定の年代・基準の仕様を表すものではありません【要確認】。
- 鉄筋の腐食・断面欠損、コンクリートの劣化(中性化・ひび割れ)は考慮していません。既設構造物では、劣化状況の調査結果を耐力に反映する必要があります。
- 断面力は線形の応答変位法によるもので、全ケース共通です(コンクリートのヤング係数のみケースごとに設定)。
- 照査値は M/My0、V/Vy(常時+地震時、タイプⅡ 3波平均)で示しています。適用する照査方法・限界値は基準類により異なります【要確認】。
ご注意
- 本ページの数値は仮想事例に対する試算結果であり、他の構造物にそのまま適用することはできません。
- 解析結果は、技術者による検証と照査を経て設計に用いることを前提としています。
- 本文中の考察は、試算結果から読み取れる範囲での見解です。
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